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2016年5月14日 (土)

意味

入院当初、ベッドに寝ながら毎日毎日
「あの時、死んでいれば」「あの時、死んでさえいれば」
そんなことばかり思っていました。

医師は「必ず良くなるから。あせらないで」とは言ってるけど
もし治らなかったら この先こんな身体で生きていくの?

右手、右足がほとんど動かないんだよ?
歩くこともできないんだよ?
ろれつが回らず、ちゃんと喋れないんだよ?
良くなるってなんだよ? 元通りに戻らないの?

当たり前のように出来ていたことが
出来なくなったこの身体で生きていけるの?

楽しいことが楽しく感じるの?
嬉しいことが嬉しく感じるの?
なんでオレだけがこんな目にあうの?
いい歳したおっさんが涙流しながら弱気なことばかり思っていました。

・・・

「生きてて良かった。生きてるだけで良い。」
そう言ってくれた奥さん。

病院に緊急搬送されて、生きてることを確認して
本心でそう言ってくれたのだと思うけど、もし治らなかった場合
この先「あの時、死んでいてくれれば」なんて思わないとは限らない。

もう悪いようにしか考えなくなっていました。
絶望とは、こういうことを言うのかな。

・・・

でも、少しずつ身体が動くようになり、
こんなことばかり考えてると治るものも治らなくなるんじゃないか?
ほら、だんだん良くなってきてるんじゃないの?
と思うようになりました。

「あの時死ななかったのは、何か意味があるのでしょう」
何となくだけど、そう思うことにより、
せっかく拾った命、大事にしてみようかな?なんて気になってきます。

不思議なもので、少しずつでも身体が動くようになるだけで
前を向こうとするもんなんですね。
全然身体が動かず、良くなってると実感出来なければ
とてもそんな前向きにものを考えようとはしなかったのかもしれません。
わかりませんが。

ま、あの時死ななかったのは、意味なんて全くないのかもしれませんが。

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